ペロイズム

感じたことや考えていることをダラダラと・・・

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簡単なプロフィール


ペロ、男性、37歳、独身、フリーター、結婚歴なし、彼女なし、実家暮らし、メンタル弱い、インドア、今はコールセンターに勤めている、なるべく楽をして生きたいと考えている、すぐにイライラする人が嫌い、人混みが苦手、家でダラダラすることが好き、Abema TVとプライムビデオを見ながら暇つぶしをしている、たまにふらふら散歩したり、カフェで読者をしたりする、基本的に一人でいることが多い、寂しくなったときは友達を誘って飲みに出かける、そんな人間です。

 

10代:無邪気で素直で自由だった
20代:何者にでもなれると勘違いしていた
30代:何者にもなれないとようやく気がついた
40代:たぶん、より社会不適合者らしくなっている
50代:たぶん、警備員のアルバイトとかやっている
60代:たぶん、その辺をウロウロしている
70代:たぶん、あの世に行ってるようでこの世にいる
80代:たぶん、いや、完全にあの世にいるな・・・

 

【小学校&中学校時代】
無邪気で素直な少年時代を過ごす。学校の勉強は嫌いだったが、給食と休み時間は大好きだった。放課後は近くの広場でサッカーやドッジボールなんかをして遊んでいた。勉強も運動も平均以下だったが、男女問わずみんな仲良しだったので、とにかく毎日が楽しかった。友達の親同士やご近所付き合いも盛んだったので色々な所に連れ行ってくれた。


中学生になってからは部活を始めるようになる。親父がテニスをやっていたため、何となくテニス部に入った。だけど、それほど情熱があったわけでもないので、練習も試合もけっこう適当にやっていた。どうやらこの頃からあまり勝ち負けにこだわっていなかったらしい。勝ったときの喜びとか、負けたときの悔しさとか、そういう記憶が一切ない。


その一方で、勉強はそれなりに頑張っていたように思う。とくに数学は、なぜか分からないけど好きだった。成績もまぁまぁそれなりに良かったような気がする。そのため、何となく理系の高校へと進学することにした。学ランからブレザーに変わったということが何だかちょっぴり新鮮だった。

 

【高校時代】
だが、高校生になってからは、自分が得意としている数学にまったくついていけなくなった。学習内容も付き合う人たちも一気にレベルが上がり、置いてきぼりになってしまったのだ。井の中の蛙とは、まさにこのことである。挫折と呼べるほど大層なものではないけれど、初めて負けたときの悔しさみたいなものを感じた。


もしこれがドラマなら、ここから快進撃みたいなストーリー展開になるんだろうけども、ボクの場合は違っていた。そのまま落ちこぼれ街道を真っ直ぐ突き進んでいくことになっていった。「どうせ頑張ったってオレには無理だぁ」と投げやりになって、カラオケや合コン、スノボーや旅行なんかをしながら遊びほうけていた。


そんなフラフラした高校生活を送っていくなかで、ボクが唯一身につけたのはコミュニケーション能力だった。どういうことを言ったら相手が喜ぶのか?何をやったら笑ってくれるのか?そんなことばかりを考えて、ひたすら実践していった。そしたら、自然と人付き合いが上手くなっていった。この頃、初めて彼女っぽい子もできた。

 

【専門学校時代】
勉強も運動も出来なかったボクにとって、大学進学は非常にハードルが高かった。そのため、接客業を中心に教えてくれる専門学校へと進学することにした。そこはホテルに就職したり、ブライダル系の仕事に就きたいと考えている人たちが集まるような学校だった。得意のコミュニケーション能力を活かせると思ったのが理由である。


しかし、それはただの大義名分にすぎない。本音は楽をしたかっただけである。親のお金でフラフラできるのは学生だけにしか味わえない。一応バイトなんかもしていたけど、基本的には勉強よりも遊びに夢中だったので徹マンや飲み会なんかで夜を明かすことが多かった。ちなみに、ちゃんとした彼女ができたのも専門学校に入ってからのことである。


しかし、そんなパラダイス生活もこれで終わり。社会人になるために就職活動をしなければならない。ボクはこれといった希望がなかったので、就職しやすそうな企業を一社だけ受けて、さっさと内定をもらって遊びほうけていた。この頃からそうなのだが、ボクは働くことを重要だと思っていないらしい。楽することを一番に考えているようだった。

 

【社会人になってから】
社会人になってからは、その傾向がさらに極端になり、就職した会社を3ヶ月くらいで辞めてフリーターとなった。辞めた理由は、髪型が自由じゃなかったからだ。好きなヘアースタイルで働きたかったため、オシャレなダイニングバーを多店舗展開している会社に入社したのだが、髪の色や長さに規定があり、それが不満であっさり辞めた。


周りからは色々と言われたが、働くことに対してあまり興味がなかったので適当に聞き流していた。そして、面白そうなアルバイトを転々としていった。その中で、一番面白かったのは沖縄のリゾートホテルでの仕事だった。学生時代の友達が働いていたということもあり、軽い気持ちで沖縄に行った。2回くらい面接をしたらあっさりと採用してくれた。


最初はアルバイトだったのだが2年目からは正社員として働かせてくれた。ボクは料飲部門への配属だったため、レストランのウェイターやバーテンダーなんかをしていた。料理を運んだり、お酒をつくったり、お客さんとの会話をしたり、そのすべてが楽しかった。お客さんからチップをもらうこともあれば、仲良くなって連絡先を交換した人もいる。辛いことが思い出せないほど楽しい思い出でいっぱいだった。

 

【はじめての副業】
沖縄生活に慣れ始めた頃、ボクは25歳くらいになっていた。当時の手取りは約10万円。昇給もなかったしボーナスもなかった。そのため、副業でもしようかと思い、株式投資を始めようとしていた。そんな話をある飲み会の席で話をしたら、ある後輩がもっとおいしい仕事があるとボクを誘ってきた。


何となく胡散臭さを感じたのだが、信頼できる奴だったので話を聞いてみることにした。しかし、それが間違いの始まりだった。いわゆるネットワークビジネスの誘いだったのだ。それまでボクは色々な人たちから、そういうお話を聞かされてきた。そしてその全て断ってきた。しかし、このときだけは参加する意思が明確にあった。


ボクが始めた最大の理由は「権利収入」という魔法の言葉に洗脳されてしまったからだ。しかし現実はそう甘くはない。結局3年くらい続けたが平均2~4万円くらいにしかならなかった。経費を差し引いたら赤字である。しかもたくさんの友達を裏切ってしまい、その罪悪感に耐えきれなくなって結局やめることにした。

 

【挫折&復帰】
ネットワークビジネスが理由でホテルの仕事もクビになった。居場所を失ったボクは地元の埼玉県に戻ることにした。やりたい仕事もなかったので、近所の町工場で働くことにした。ある機械のオペレーション業務に従事することになったのだが、思いの外ボクは機械オンチだったらしい。周りの手助けを借りながら、とにかく必死でやっていた。


仕事は確かに大変だったのだが人間関係は最高に良かった。固苦しい雰囲気は一切なく、和気あいあいとした感じがとても気に入っていた。週末は必ずと言っていいほど飲み会をしていたし、お花見やBBQなどの催しものなんかもあって結構楽しめた。だけど、給料だけは安かった。沖縄時代とほとんど変わらないほど少なかったのだ。


やはり副業なしに次世代は生きていけないのかもしれない。そう思ったボクは当時流行っていたアフィリエイトをしてみることにした。5万円くらいの情報商材を買って、書かれている通りのことをやっていった。しかしお金は1円も振り込まれることはなかった。「なんだ、こんなもんか」とあっさり諦めて、次に挑戦してみたのはFXだった。

 

【副業三昧の日々】
インターネットを見ていると、FXの宣伝がやたらとうるさかった。もともと株式投資に興味があったボクは「FXも同じようなものだろう!」と思って、何の勉強もせずに口座を開いて取引を開始した。そしたら、いきなり3万円くらい稼ぐことができた。しかし、上手くいったのは最初だけで、入金した20万円はすぐに無くなった。


FXはその後もずっーと続けていったのだが、ここ最近になってようやく諦める決意をした。理由はいろいろあるのだが「自分に合っていない」というのが最大の理由である。それに気づくのに一体どれだけの年月と、どれだけのお金をかけたきただろうか。投資のつもりで始めたはずが、すっかりギャンブルとなってしまっていたわけだ。


ちなみにボクの副業歴はそれだけではない。クラウドソーシングでのライター業や転売などをしていたこともある。最高で月収10万円くらいまでいったのが、稼いだお金はFXで消えていくし、やっていて面白くなかったので精神的に苦しくなっていった。本業にも差し支えるほどになっていったので結局やめることにした。

 

【いろいろやって学んだこと】
こうして過去を振り返ってみると、自分がいかにダメ人間であるかということを痛感されられる。物事の判断基準が「楽かどうか」という時点で終わっている。しかもその信念は今も変わっていないから恐ろしい。と言うよりもアホすぎて笑けてくる。多分、人はそう簡単に変われないのだと思う。変えられるのは、せいぜい表面的な部分だけだろう。


昔、そんな自分が嫌いで嫌いで仕方ない時期があった。しかし考えれば考えるほど落ち込んでくるので、自分に期待しないようにすることにした。これは「見捨てる」という意味とは少し違う。人は誰でも期待をすると見返りを求めてしまう。そして見返りがないとショックを受ける。だから自分に期待しないようにした。そしたらかなり気が楽になった。


良くも悪くも、人は経験から何か学んでいる。大脳が異常に発達した特殊な生命体が人類だ。恐竜というめちゃくちゃ強い生き物が絶滅し、こんなちっぽけな存在である人類が長年存続し続けているのは、変化に一番対応できたからだと言われている。だからボクもダメなりに何とか生き残れているのではないかと思っている。

 

【このブログで伝えていきたいこと】
ボクは最近、ココナラというサイトで電話サービスを始めた。簡単に言うと、「おしゃべり相手をする」といったサービスだ。「楽そうだから」というボクらしい理由で始めたのだが、よくよく考えてみると、どんな人が相手をしてくれるのか分からなければ、誰も利用してくれないんじゃないか?と思った。それでブログを始めてみたわけだ。


だから「何かを伝えたい!」というよりかは、「どんな人なのか?」ということが分かってもらえるようなブログにしたいと思っている。それなら利用者も少しは安心してもらえるだろうし、お金をもらった後のトラブルなんかも避けられそうな気がしている。5分間だけという短い時間からでも対応しているので、興味があるのなら利用してみてほしい。


長い長い自己紹介になってしまったが、付き合ってくれて本当にありがとう!アドバイスできるほど立派な人間ではないが、ちょっとでもおしゃべりしたいなと思ってくれたのなら気軽に利用しただけたらと思っている。あなたとお話できる日を心から楽しみにしているので、今後とも良いお付き合いをしていこう。


ペロの電話サービス

https://coconala.com/pservices/798701

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