ペロイズム

37歳・独身・現役フリーター のホンネ

朝井リョウさんのインタビュー記事に激しく同意した話

「桐島、部活やめるってよ」や「何者」の原作者、朝井リョウさんのインタビュー記事を読んだら激しく同意してしまったのでシェアしたいと思う。まずは、その記事のリンクを貼っておくのでご覧ください。
https://www3.nhk.or.jp/news/special/heisei/interview/interview_07.html


これを読んだ瞬間、「この人、スゴいなっ!」と思わず声を上げてしまった。感情の変化や心理描写を言語化するのは、すごく難しい作業だと思うのだが、そういうボヤけたものを、イメージしやすいような言葉に置き換えられていたので、この人はきっとものすごく真剣に向き合ってきた人なんだと思った。


この記事内でも同じようなことを言っていたが、ここ数年で「ナンバーワン主義」から「オンリーワン主義」へ、主導権が移行してきたように感じる。これはとても良いことではあるのだが、同時に、生きやすくなった人と生きづらくなった人の浮き彫りがハッキリしてきたようにも感じている。


例えばボクなんかは「ナンバーワン主義」の時代に育ってきた方なので、他者との比較によって自分の存在価値を見い出す傾向にあった。ある意味、優劣のつけ方がシンプルなのだが、優れている人と劣っている人との違いがハッキリしてしまい、ガンガン行く人としょんぼりしてしまう人との落差が激しかったように思う。


そして「オンリーワン主義」の時代になると、今まで劣等とされてきたものが認められるようになってきて、その分野でガツーンと頭角を表す人たちが出てくるようになってきた。これはやっぱりインターネットの影響も大きくて、自分で自分の価値を見い出しやすい環境になってきたからだと思う。


だけどそれは、今まで劣等とされてきたものや、何となく口に出しづらかったこと、例えばオタク文化や引きこもり生活などが急に光を浴びるようになってきたからであって、結局、平均的に生きてきた人たちにとっては、自分らしさを自分の中から発見できずにモヤモヤしたまま埋もれていくのが現実だ。


それは外傷のように誰の目にも分かるような傷ではなく、心で感じる痛みなので、気づいてもらえなかったりするし、仮にアピールしても甘えのように捉えられてしまうこともあるため、なかなか表面化してこない。まるで生き地獄のような苦しさだ。これがまさに今の時代に潜んでいる闇なんだと思う。


そしてこの闇がエスカレートしていくと、他者を傷つけるか、自分を傷つけるかのどちらかを選択するようになる。他者を傷つけるパターンの最終形態は殺人やテロなどの犯罪行為であって、自分を傷つけるパターンの最終形態は自殺や心中などの自傷行為が当てはまる。いずれも破壊や破滅がベースとなっているため非常に危険なわけだ。


ここ最近、あおり運転が多かったり、感情的になって相手を傷つけたりする事件が相次いでいるが、これは他人を傷つけるパターンの典型と言えるかもしれない。また、韓国の人気グループの元メンバーが自殺をはかったと報じられていたが、これは自分を傷つけるパターンによるものだと個人的には思っている。


実際ボクも頭の中で「あいつがこの世から消えたらいいのに!」とか「自分が死んだらどうなるんだろう?」とか、ネガティブな想像をしてしまうことがある。とくに感情が大きくマイナスに揺れ動いているときは、もう一人の自分が顔を出して破壊や破滅の誘惑をしてくる。まるで自分が自分じゃないような感じでがして、とても恐ろしい。


人間社会には、やはり超えてはいけない一線というものがある。大半の人はそのラインを超えてしまうことはないのだが、何が引き金になるかは分からないし、自分がそっち側に行かないなんてことも言い切れない。だから、そのギリギリで踏み止まれるかどうかは天と地ほどの差があるわけだ。


ボーダーラインを超えてしまうか踏みとどまれるかは、やはり自分自身との付き合い方にかかっていると思う。つまり自制と解放とのバランスだ。このコントロールが上手い人は、道を踏み外す可能性は低いと思われる。だけど、自分一人でどうにか出来るものでもなくて、本人の性格や受けてきた教育、今いる環境などに大きく左右されてしまう。


だからこそボクら人間は、助け合わなければ生きていけない。自分たちが弱い生き物であることを自覚して、相手を理解しようとする気持ちを育んでいくことが大切なんだと思う。今、時代に求められているのは、そういう昔からある「人としての在り方」ではないだろうか。ボクよりも7つも歳下の朝井リョウさんから教えられたような気がする。

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