ペロイズム

37歳・独身・現役フリーター のホンネ

「死」について考えてみた。

去年、祖母が亡くなったんだけど、残念ながら身内に悲しむ者は一人もいなかった。祖母はとてもワガママで誰の言うことも聞かない傲慢な人だった。毎日ブーブー文句を言っては誰彼構わず罵倒する。何かあればボクら家族のせいにされてしまうし、意に反する言動は全て拒否されてきた。自分以外の人間を決して認めることはなかった。


そんな人間と何十年も暮らしていると、彼女に対する接し方は自然と冷たくなっていく。いわゆる諦めモードだ。同じ家に住んでいるからといって全てを受け入れられるわけじゃない。何を試しても全く変わらない祖母に対して、もはや感情を「無」にするしか逃げ道がなかった。それはまるでロボットのような非人間的な対応だったと思う。


にも関わらず祖母は相変わらずだった。ボクの変化に全く気がついていない。逆にスゲーと思ってしまった。「独裁+鈍感=最強」という何の役にも立たない方程式の発見にもつながった。そんな無神経な祖母でも、さすがに「死」からは逃れられない。ある日ポックリと逝ってしまった。深夜に一人で誰にも気づかれないまま亡くなっていた。


たしかに病気を患ってはいたけども、こんなにあっさりと逝くとは思っていなかった。これにはさすがに家族全員がびっくりした。だけど皮肉なことに、涙を流す者は誰一人いなかった。ここまで周りに迷惑をかけた人もいなければ、ここまで自由奔放に生きた人もいないと思う。祖母に対する気持ちをそれくらいしかない。


結局のところ誰しも最後は一人で死んでいく。この世に生まれた時から決まっていることだ。変えられることと言ったら、せいぜい「死に方」くらいなものだろう。死後のことは本人に知る由もないんだけど、どう看取られるかがその人の生きた証のような気がする。祖母の死に目にあってそう感じた。

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